トモオフィス/廃品打楽器協会

「じどうかん 春号」に山口ともの特集記事が掲載されました

jidokan 山口とも
雑誌掲載
時計2010年4月5日(月)

じどうかん 春号 2010 No.56

jidokan 山口とも

jidokan 山口とも

▼本文より

■発想やイメージを広げ、地球に一つしかない音を

僕は廃品打楽器を使ったパフォーマンスをしています。先日、東京都世田谷区にある児童館で演奏してきました。ある子どもの夢が「僕と一緒に演奏すること」ということで、声をかけてもらいました。
演奏に使う楽器は、手作りです。まず、子どもたちには自転車屋さんなどからもらった廃品を使って、自分たちなりに楽器らしいものを作ってもらいました。それを「どうしたいの?」「どうやったら音が出るかな?」と、さらに問いかけながら作り上げていきました。
集めてもらった自転車の廃品を見て、子どもたちは見た目や形で選んでいる感じがしました。いつも乗っている自転車が、部品だけ見ると、こんな格好してたんだって気づくんですね。「これ格好いいかも」って感じたものをチョイスしてる。それが鳴るか鳴らないかは分かってなくていいんです。それは「いい音がするんじゃないかな」って子どもが思って持ってきたものだから、僕も楽器として組んであげたい。「これ、地球に1個しかないんだよ」「君しか持っていないんだよ」「君しか、この音は出せないんだよ」って、まずは、子どもならではの発想を否定せずに褒めていく。楽器作りにマニュアルがあるわけでもないですからね。そうやって一緒に考えていく中で、子どもは新たな発想を生み出していくんです。「こうやったほうが。いい音が出るかな」とか「これは楽器じゃなくてもいいかも」ってね。発想を広げるって大事なことです。

■「ドレミ」を知らなくていい 音楽を楽しむことが大切

ワークショップでは、最後につくった廃品楽器を使って、みんなで演奏を行います。難しいのは、子どもたちに自由に楽器を作ってもらうから、音程感がバラバラなんです。世の中でいう「ドレミファソラシド」というピアノで調律された楽器を作るわけではないですので。
「ドレミ」の音が出る楽器ができると、曲を演奏できます。でも、なんで曲が演奏できなければいけないのって僕は思うんです。曲を演奏するとなると、音が決まってしまいますから、どうしても「間違えちゃったらどうしよう」という余計な気持ちが生まれてしまう。これ、ものすごく邪魔なんです。僕がやろうとしているのは「音を楽しむ」ことなんです。
地球上にあるものには、すべて音があります。その音を知る。それを楽しむ。自分でつくった楽器なんだから、違いようはないんです。好きにやれば、それだけでいい。何でもありの世界です。純粋に、自由に音を楽しんでいる子どもを褒めてあげることが、子どもの発想、自由さ、純粋さを伸ばすことになるのではないでしょうか。
発想を変えれば、なんでも楽器になるんです。身の回りに楽器の材料となるものは、あふれています。たとえば、針金ハンガーの先にペットボトルの蓋を付けると「マレット」(木琴や鉄琴の演奏に使うばち)になります。そのままたたいてもいいのですが、それにビニールテープや布を巻いてたたくと、また音が違ってくる。スプーンやフォークをマレットの代わりにしてもいいですね。
身近なもので、素敵な音に出会えちゃう。そういう面白さを知ってほしいです。材木屋さんで余っているような短い木木材も、たたいてみると、いい音が出る。また同じ木材でもたたく位置や、たたくものの素材で音が変わるんです。いろいろ試して、自分にとって心地良い音を探してほしいです。

■自分だけの楽器には、「愛着」が生まれる

僕は昔から収集癖があって、今でも家財道具はみんな拾い物。家にあるものは柱時計から何から、全部拾ってきたものです。一年中、近隣の粗大ゴミとか見て喜んでいる。
楽器に廃品を使うのは不景気な時代だし、お金をかけないという発想もあります。僕も手間ひまかけて、発想豊かに、廃材やゴミをどう使って楽器を作ろうか考えています。「この程度でいいや」と思って適当に作ったものや雑に作ったものは、それなりの音しか出てきません。いろいろな人のアイデアを盛り込んで、丁寧に作るといい音がします。
「愛着」という言葉がありますよね。僕はこれって、とても大事なものだと考えているのですが、いまの子どもたちって、下手をすると「愛着って何?」なんて言いかねません。ずっと大事にしているものが自分にないと、そのような概念が持てないのだと思います。今はなんでも安く買えるし、みんな持っているものが同じだったりするから、つまらないですよね。「これ、僕しか持っていないんだよ」ってないですもの。せめて、僕と一緒にワークショップで作った楽器は、子どもたちに愛着を持って欲しい。それが僕にとっても、最高に嬉しいことなんです。

■本質をすぐに見極める 子どもの感性の素晴らしさ

世の中は、音が溢れすぎている感じます。本当に心地いい音、綺麗な音、温かい音が少ない。僕は、普段、あまり音楽を聴かないんです。お店に入ればBGMが流れているし、みんなリズムに刻まれているから、落ち着かなくて。ただでさえ、自分の心拍数でリズムが刻まれているわけでしょう。
ゲームの音や機械的な音楽が蔓延しているけれども、全部コンピューターでつくった音ですからね。きちんとし過ぎたテンポだから、心地よくない。人間自身が出したリズムや音の方が、人間の体にしっくりくると思いませんか?
ショーやワークショップをやっていると、子どもの感性に驚かされます。ショーの時は衣装を着たり、楽器を沢山持っていきますが、チャチなものはする見抜かれちゃうんですよね。逆に「本物」は、ちゃんと感覚でわかっているんです。音だって格好いい音とか、凄いってしっかり感じている。子どもは騙せませんから、本物を作らないとダメなんです。

■音を鳴らすことは純粋で素直に楽しい

父がクラシック音楽をやっているので、僕は違う道に行きたいと考えました。それで、つのだ☆ひろさんの門をたたきました。パーカッションは自由度、柔軟性が高いパートです。楽曲をもらったら、自分のセンスで、「ここはタンバリンにしよう」「やっぱりトライアングルで試してみよう」と選択できるんですね。もちろん、廃品楽器だっていいわけです。自分を表現する手段として楽器があるんですね。
むかし、フリージャズのセッションに参加したときに「自由にやれ」と言われても、考えてしまっている自分がいて、それがすごく格好悪いと思ったんですね。そのときに、音楽って自由でいいんだ、という考えになりました。
今まで生きてきた経験を、即興で、音で表現できたら最高だなって思います。それができるミュージシャンになりたいです。あと、自由に自分の演奏スタイルを壊せること、お客さんにとって、面白いミュージシャンって想像のつかないことをする人。いい裏切りができる人って、素敵ですよね。型にはまった固定概念をなくして、自由な発想で演奏していきたい。
今は廃品打楽器を使ったパフォーマンスが主な活動ですが、アーティストのサポートも行っています。この間、韓国に行って、ボーカリストのサポーターとしてドラムをたたきました。コンサート中に僕のコーナーを用意してくれたので、廃品を持っていって、「楽園」というテーマで太鼓や段ボール箱に小豆を入れて回し、ザザザーって波の音を鳴らしたらビックリするぐらいにウケが良くって。世界中に通用するのが音であり、音楽。言葉なんていらないのかなって感じました。