トモオフィス/廃品打楽器協会

産業新潮 2004年2月1日号に掲載されました

産業新潮
新聞・雑誌掲載
時計2004年2月1日(日)

▼本文より

ガラクタに命を吹き込む
打楽器奏者
山口とも 打楽器奏者

「宇宙の音」をガラクタから創る

現在NHK教育テレビ『ドレミノテレビ』にレギュラー出演して、子どもたちにも人気の山口ともさん。カールしたもみ上げと変わり眼鏡の容貌は、トニー谷?チャップリン?それとも奇才画家ダリ? 「見た目というのも大事なんですよ。音楽も見た目もインパクトがなくてはね」という山口さん。しかし首から下はスマートなスーツ姿の紳士である。

大岡山のスタジオにお邪魔すると、何やら得体の知れない装置や物が溢れ、実験室の様相を呈している。捨てられた廃品から聴いたこともないような音を生み出しているこの空間は、まさに夢あふれる実験室である。

 山口さんは祖父も父も有名な音楽一家に育ったが、十八歳の時にある機会から、つのだ☆ひろのアシスタントとして、音楽の世界に入る。一九八〇年に、つのだ☆ひろ率いるJAPAS GAPSでプロとしてデビューし、パーカッションを担当。四年間を経てフリーのパーカッションニストとなり、早見優、中山美穂、今井美樹、平井堅らの数々のツアー、レコーディングに参加してきた。

 この間は従来からある楽器で演奏していたが、九五年音楽劇「銀河鉄道の夜」の仕事で、新境地を開くことになった。 「ご存じのように、これらは宇宙の話しでしょ。タンバリンやトライアングルなど従来ある楽器だと、音を聞くだけで物の形が目に浮かんできて、現実過ぎちゃうんですよ。そこで、形の分からない楽器を作って全部手作りの楽器にしたのが、そもそもの始まりです」

 本来、楽器制作者は演奏家ではないことが多いが、プレーヤーの山口ともさんはイメージを追いながら音を個性として使うので、おのずと入れ込みが違った。これとこれを組み合わせると、どんな音が出るだろうという好奇心が湧いてきた。しかし、材料に贅沢するほどお金はかけられない。というわけで、廃品から音を生み出すことを思いついたという。「木の枝やガラス板、水道管や空き缶を使って電気がなくても聴ける、生の音ですよね。それはもう無限といえるぐらい可能性の広い世界で、やり始めると楽しくて楽しくて」こうして、まさに音を楽しむ=音楽の追求者となった。

素直に言える

 「大好きな、尊敬する父」

 山口さんの父は、新日本フィルを定年退職後は自分のオーケストラを作って、七十四歳になる現在も自分で車を運転して全国を回っている。その音楽の情熱はますます盛んだ。「小さいころから父は家にいないことが多かったし、キャッチボールなんか一回もしたことないですよ。こう言うと冷たいようですが、自分の世界を持っている人でしたから、話しの中でもおもしろい発想とかアドバイスは、いっぱいもらいました」
 とにかくセンスのよさは音楽だけにとどまらず、モダンな自宅のデザインから食べ物まで、何にでも通用する繊細なセンスを持っている人だという。去年は自分が主催するコンサートで、マルケビッチ指導の『春の祭典』の演奏で若き日の自分がティンパニーを叩くDVDをスクリーンに映しながら、一人舞台で競演したという。こんな思い切ったことも楽しそうにやってしまう父は、キャパシティーが大きいと感心する。 

 「大好きで、尊敬する父ですが、この音を聴くと山口ともだと分かる音を創れ、と言われますね」、と同じ道を目指した父子のいい関係を、素直に口にする山口さんだ。父は芸大をでているが、山口さんは高校卒業と同時に音楽の世界に入って、実践から音楽を学んでいった。このことは、自分にとってはラッキーだったという。 「同年の友人たちの話しを聞くと、ほとんど大学で遊んでいるみたいで、一番ものを吸収出来る時期にやりたいことがあった僕は、ラッキーだったと思います」

 また、プロのミュージシャンを目指すという固い決意でいつ人ほど、視野が狭いところに陥りやすく、自分がいる位置を見失っていると感じることも少なくないと言う。「音を楽しむ」ことこそ音楽の頂点。そこから出発しないと、どこか違ってきてしまう。

いい音を聴くと、気持ちいい

 もともと父も、ものを拾ってきては手を加えて再生させるのが好きだった。だから、山口さんのアトリエにあるほとんどのものが拾ってきたものとなるのも、自然といえば自然だった。一人娘の自転車も買ったことがなく、本人の目の前で部品を替えたり、ピカピカに磨いたり、色を塗って自分流に再生してきた。自分は母が乗っていた二十五年前の自転車を、修理しては今でも乗っている。つのださんにプレゼントされたウォークマン第一号機もまだ動くし、中学の時に買ってもらったペンタックスのカメラで、写真を撮る。「とにかく壊れたからといって、ものを使い捨てるのが嫌いなんですよ。僕らの時代は、物を職人が作っていたことが多かったから、作る人も使う人も、物に対する愛着をちゃんともっていた。でも、今の子どもたちは愛着をもつということすら知らないですね。親がそんな姿を見せればいいのにと思います」

 廃品楽器に限らず生の音は、スピーカーの音と違い、直に空気が振動して全身で感じる心地よさがある。「いい音を聴くと気持ちいい」という原始的な喜びがある。ライブをすると、小さな子どもほど素直に飛びついてくるが、山口さんはちょっと世の中が分かってきた中学・高校生にこそ、こんな音を聴かせたいという。「特に都会の若者は、あふれるような情報の中にいて、頭でっかちになっていますから、体で感じて気持ちが豊かになるような生の音を聴いてほしいんです」

将来はサーカスのテントみたいな空間を作って、若者と子どもたちがおいしいものを食べたり遊んだりしながら、僕らのような音楽をいっしょにプレーできたらいいなと言う。いや、夢はもっと大きく、都市までつくってみたいと加えた。

(和田美代)