週刊新潮 3月3日号に山口ともの「自転車」が掲載されました。
▼本文より
自転車
僕の仕事場は一見物置に見える。実は、ほんとうに物置で、ペットボトルや鍋のフタ、ガステーブルに至るまでゴミとして捨てられたものを拾ってきてストックしてあるのである。
他の人にはただのゴミでも、僕にとっては、そのひとつひとつが皆、このうえなく個性的な音を出す楽器なのだ。
大好きな自転車も走りながら「カチャンカチャン」と可愛い音が出るといいなと、今、こぐと音が出る自転車を作っている。いろんな部品を〝組み上げて〟自転車を作るのは、お手のものだ。今でこそ、日本は自転車の部品の質の良さで世界一だろうけれど、僕が高校生の頃は、日本製の自転車の部品は滅多になく、たいていはヨーロッパ製の部品だった。その中から、軽量で錆びず、乗っていてラクな自転車を頭に描きながら、僕は自分で自転車を〝組み上げて〟いた。手製のその自転車で、千葉の房総半島を1日で1周したこともある。
手製の自転車でサイクリングをしながら、いつも思っていたのは、道路の凹凸をオートバイのように吸収して走る自転車だった。ついに見つけたその自転車は仕事場のガラクタの中に燦然と赤く輝いているアメリカ製のマウンテンバイクである。27段ギアのすぐれもの。どんな坂だって、指先操作だけでチョンとギアチェンジして、スピードが一定のまま走っていける。そして、その自転車を走らせているのは僕。つまり、僕は自転車のエンジン。朝食べた御飯がこのスピードを出していると思うと最高に気持ちがいい。